趣味界への提言 ベタ・チャンノイデスについて

皆さんの書込み読ませて頂きました。
書き込み欄では長くなりますので、遅れ馳せながらHIRO氏にお願いして別項扱いとし、お返事に換えさせて頂きます。
まず始めに本種に限らず全体的な意味で、ロカリティ標示に関しては、業者の言う事は鵜呑みにせず、まずは疑ってかかる。 出来るだけ詳しい地図を用意して、そのロカリティ名の検索に努める。そのロカリティ名が見つからなければ、 一旦保留にしておき、ロカリティ名が見つかった個体と対比させる事から始める。
以上が私の考えです。位置関係については度々言われるように地図を用意して下さい。まずはこれが基本であり、私からのお願いでもあります。
ロカリティとは単に採集地のことなので、ロカリティ名の違いは地域特性の違いを意味しない事を前提にお願いします。 また話の進行上、以前に書いたAWと、ベタ・カリマンタン99(付属)そして前回書き込みした、ベタ・ラウトをもう一度読み返してみて下さい。

マハカム川とは
マハカム川は西、中央、東の各カリマンタン州そしてマレーシア領サラワク州が、最も接近する言わばボルネオ島最奥部に源を発し、 ロンギランを境に上流側の山岳地域と下流側の低湿地域に大別されます。
低湿地域での本流は赤道より僅かに南側を南北に蛇行して流れ、河口近くのサマリンダを経てマカサール海峡に注ぐ同島を代表する大河のひとつです。

チャンノイディス導入の経緯
96年10月にサマリンダ・エリアから私が導入したものが、世に出た最初のチャンノイディスだと思われます。
しかし当時はM・コテラット博士の記載論文に付帯されたメスの標本写真のみしかなく、私が採集した場所は記載地から遠く離れているので、 この時点ではこれが果たしてチャンノイディスなのか?又は未記載種なのか?さえ分らない状態で、オスの写真を博士に送り意見を求め、 このときから博士との関係が始まりました。
博士いわく「写真だけでは何とも判断のしようがないが、おそらくチャンノイディスだろう」との返事を頂き、その後AW創刊号で発表され、 繁殖個体も販売されるようになりました。その後、数回の導入と商業輸入を経て現在に至ります。

マハカム地域で私が確認した場所
エリアと理解して下さい。96・97年サマリンダ。96・97年サマリンダ北部のセンベラ。97年コタバグン。97・00年インドゥランジャット。 00年タンジュンイズゥイ南東部。00年ロンギラン。
その他の場所でも確認していますが、何もない森の中なので、方角的なものか、GPS標示しかなく、村や町の名前(ロカリティ名)で語る事は出来ません。
センベラは蛇行しながらサマリンダ付近に合流。サマリンダから遡るとインドゥランジャット。タンジュンイズゥイ。ロンギラン。の順となります。

私が導入したもの
96・97年サマリンダ。97年サマリンダ北部のセンベラから参考的に数個体。 97年インドゥランジャットから参考的に数個体。00年インドゥランジャット。以上2ヵ所+参考個体のみです。
「えっ?たった2ヵ所だけから」と驚かれた方も多いでしょう。マハカム水系に分布する本種の記載地はロンギラン・エリアです。 それより上流では岩場となり本種の生息には適さないとの判断から、確認には入っていません。この為ロンギランを本種の上流部と便宜上設定しました。
導入の理由はマハカム水系を上・中・下流に分け、中流部をインドゥランジャット(実際にはそれよりまだ奥ですが)。 下流部をサマリンダと設定した為です。また別の意味でインドゥランジャットは後方にジャンパン湖が控えており、 00年以降の回復個体はすべてこの湖に面した湿地帯が育むものなので、生態的に他所との比較にも適していると考えたからです。
導入個体の採集は、まずそこに個体数が多く、次回の採集でもある程度の数が見込まれる場所を決めます。 ロカリティ名はエリア標示ですが、採集場所は1箇所(ポイント)だけです。“遺伝子の事を考えて・・・”と言えば聞こえは良いですが、 水質情報を単一にする為や、運ぶ時に何度か水を交換しますので、1箇所採集の方が楽だし水あたりも最小限です。 また予てから言われる個体差をロカリティ別と判断しないようにする為と、何より個体差を見るには最適だからです。
導入個体を採集する時には先ず魚体をよく見て、体表面の劣化等、その時その場所の個体コンディションを確かめます。 そして国内導入後はそれを元にした繁殖個体と野生個体が流通したと聞いております。
「おいおいそれでは、全て野生魚じゃないから、本来の体色を皆が見れないじゃないか!」確かにそうですね。 しかし流通魚になった時点で、繁殖個体か野生個体かの表示又は説明が、されていたと聞いておりますし、 その時に野生魚を入手にされた方は、自ずとじっくり見て頂けたと思います。おっと失礼、繁殖魚を入手された方も、同じくじっくり見ておられますね。
また系統維持の観点から、繁殖個体の方が趣味界の意図するところでもありますし、沢山泳いでいれば、自ずと繁殖魚と分りますよね。 初期導入96・97年の個体は既に消滅しましたので、現在居るとすれば00年導入分です。

商業輸入(一般ルート)されたもの
私の00年導入分から約1ヶ月後、バンコクのサイアム・ペット社により本種のみならず、カリマンタンの各種ベタが商業輸入されました。 とは言え一般に考える商業輸入のような数ではなく、“各ロカリティが入って来たのは知っている”が、 実際にそれを手にしたアクアリストは少ないのではないでしょうか。
またベタと言う魚の性質上(ベタを飼育する人の性格上?)、個人が購入するのは精々2ペア(4匹)が限度で、 おいそれと数売れる魚ではないので、商業的には“だぶついた”感があったようです。 また次々に入荷する別ロカリティに、「どうなってるんだ?」、「このロカリティは何処ですか?」、「次ぎは何処が来ますか?」、 「あの魚は入って来ないですか?」などなど入って来るEメールの対応に追われていた頃です。 そんなこと私に聞かれても・・・中には「マクロストマを安く売って下さい」(おいおい)までありました。
この時にチャンノイディスに付けられていたロカリティ名がサマリンダ、カランガン、セガ(後記)、などです。 この時の採集場所の情報は全て私が提供したものですが、採集行の際サイアム・ペット社員が、別の場所からも採集したと聞いています。 しかしそれは私と同じ場所(エリア)なのか?については分りません(ちょっと文法上おかしい表現ですが)。 何故ならば私は細分化を避ける為と後の地図検索の為にエリア情報で語る事(上記参考)にしています。
しかし「ロカリティをちゃんとしろ!」との命令を受けた社員は、採集した場所に一番近い小さい部落の名前を尋ねてそれをロカリティ(カランガンなど) 標示して輸入となりました。まず分って頂きたいのは、周囲は森で村まで遠いので、一番近くの村がそのロカリティ名となり、 間違いではないにせよ、こうした小さい村名は後で地図検索しても出て来ないのです。
しかしながら、セガを除いて全てマハカム水系なのは間違いありません。私の印象ではカランガン等の地図検索できない場所は中流域にほぼ間違い無く、 その他のロカリティが輸入されていたとしてもサマリンダとロンギランを除いて中流域でしょう。
その他の地名は地図検索出来ますね。しかしそのロカリティ名と個体が一致するかどうかは、 その後の流通経路によるので、そこまでは責任が持てないと言う事でした。
それと前後してインドネシア業者による各種ベタの輸入もありましたが、本種のそれは無かったと記憶しています。

分布に関して
マハカム水系の赤道以南(ロンギランは気持ち赤道より北)にすべての生息地を確認。
マハカム地域で確認に入ったが、確認出来なかった場所はベラヤン川水系サンタカン川支流。テレン水系の北部地域と西部地域でこれらは全て赤道以北です。
そして最も注目すべき個体がセガと称して商業輸入されたセガ水系産で、私の意見として別種扱いして頂きたいのです。 仮にこのセガ水系産がチャンノイディスとして分類されるのであれば、種の北限地となります。 その理由は昨年の第1回アナバンMTで説明した通りです。
セガ水系とはタンジュンレデブでケライ川とひとつになる川で、私は97年この地域に入っています。 このときにはウニマクラタとアカレンシス以外確認出来ませんでしたが、とても良いブラックウォーターの細流を見つけています。
この時の話を元にサイアムペットの社員が採集したのではないかと推測されます。 何故ならばこの場所は一応幹線道路?沿いで誰しも見つけられる場所だからです。 またこの先にも良い場所を見つけていて、少し森に入りますが、前記の場所を通ってから行くので感覚的に分ると思います。
このセガ産こそが私が97年から追いかけた第3のアルビ・タイプではないかと、考えています。 たぶん世界一興奮したのは、この私でしょう。ここでの個体群は体色や地域変異の議論を飛び越えた存在であります。 また遥か以前のレコードではドイツ人によりタンジュンレデブからマカリハット岬の方向に進みタリサヤンと言う村に行き着くまでに、 アルビマルギナータのレコードがあるとシンガポール大のタン氏から以前聞いた事があります。しかしこれはセガ水系産に近いモノだと推測します。 私は97年この地域にも入っていますが、確認できませんでした。
因みに近似種のアルビマルギナータは97年に私の出したササヤップ水系、以南のポイントが現在確認されている南限です。

地域特性について
まず私は皆さんに納得して頂ける答えを持ち合わせていません。また“誰が見ても違う”と言った大きい差は有りません。
各ロカリティの違いは、皆さんで考察してみて下さい。これはアクアリストの楽しみであり特権でもあると思います。 注意点として個体差である場合が往々にしてありますので、違う部分を見つけても、まず個体差を考えてみるべきだと思います。
標本から強いて挙げれば尻鰭の黒帯がサマリンダ産では幅が狭い傾向にあり、ロンギランとインドゥランジャットでは太い傾向に有ります。 しかし、通常ホルマリン固定標本の場合、黒色が一番残り易く(白色は残るのではなく白化する)、他の色はどんどん薄れていきます。 イリデンセンス(輝点)などは速効消失です。またホルマリン希釈水の%と、固定時の温度、酸化度合い(フミン酸の混入程度も要考慮)で変わって来ます。 また標本作りのプロセスとして、通常は採集、即液漬け、ですが、液漬け直後から体色が抜け、警戒色?となります(あまりの水の違いに、速効ストレス)。 そして死亡前から再び体色が現れ、この再表現された死亡直後の体色と採集時点(網に入った時)の体色と覚えておき対比させます。 注意点として現在使用しているホルマリン希釈水のコンディション(特性?)を知り、ある程度の個体数が捕れた時点で、 一度ボトルを開けて見て、地域特性を見る必要が有る訳です。
この希釈水のコンディションを知る事はとても重要で、体色は勿論、標本個体の収縮率(体長、湿重量に影響する)も変わって来ます。 加えて死亡直後と死後硬直に達した時点とでも大きく違い(特にイリデンセンス、チャンノイディスの場合は鰓とその継ぎ目部分)ます。 またその場所毎の個体の “体色を引き出す”希釈水をいかに上手く作るかも固定技術のひとつなのです。
つまり生息地での体色を見ると言う事は、以上の点を考慮した上で、採集時から30分以内(死後硬直前)に見たそれを語らなくてはならず、 その日の夜になって見たものなどは情報の限りではありません。 ですから、例えば生息地で採集した本人(私も含めて)から「あの場所のヤツはこんな色で・・・」と直接聞いたとしても、 それがどのような経過をたどり、その答えにたどりついたのかを、明確にする必要がある訳です。

生物の事ですし、局地分布する魚なので、“違いは無い”と言えばウソになり、ではどこがどう違うのかを明確に説明する必要が出て来るのですが、 上記のように私はその答えに辿り着けていません。
生息地で表現されている体色とは、その場所での、その個体の成長度合いで違いますし、その個体の措かれた現在の状況を顕著に表現しています。 また飼育下での体色とは異なることが常なのは、お察しのとうりです。
したがって現時点で私が本種の体色を地域の特性として語る事は、皆さんの飼育魚に対して思わぬ誤解を招きかねません。 ただでさえ気分によって体色を大きく変化させるベタですし、ロカリティ標示がなされた個体なら尚の事です。 加えて私は出版物で記事を書いている立場でもありますので、誤解を招きかねない発言は出来ません。 これまで体色についての詳しい発言(誰が見ても分るスタンダードは別として)を避けてきたのは、この為です。
ロカリティ毎の違いを見る(考察)とは、水槽飼育と言うある一定条件の基で対比させるのが、結果的に良いと思います。つまり皆さんの水槽です。 異なる採集地の個体を対比させると言う事は、何処の国、何処の場所であれ“飼育下で見比べる”事を意味します。 何故ならば採集時に、いくらじっくりその個体を見たとしても、その時その場所で、別ロカリティの個体と対比させる事は不可能だからです。
ただ気付いた点としてマーサさんの書き込みにある尾鰭の黒帯について私は、上端まで達する個体を採集した事がありません。 これも個体差によるものなのかな?何とも分りませんが。
Nagaさんの書き込みにあるメスの尾鰭のスポットですが、場所的(スポット的な狭場所)にメスの尾鰭のスポットが多い場所、 そして少ない場所を確認しています。しかしこれを地域的なモノとするには少々疑問が残ります。 何故ならば約1km四方の中に4ヶ所の狭いポイントを見つけた事がありましたが、その場所毎の個体群を平均的に見てもスポットの入り方や数には差がありました。 その理由については分りませんが、現時点では個体差と言う事にしておきましょう。
メスの尾鰭のスポットを基にロカリティの相違を追うのもいいと思いますので、次回はもう少し注意して見てみますね。

ここでひとまず、ロカリティ別の細かい違いは置いといて、飼育下と生息地で表現されている全体的な体色について考えてみましょう。
生息地でとても綺麗な色を出した個体を見た時は「ああ これが本来の色なんだなあ」と感激します。「飼育下でもこの色が出せたらなあ」と誰しも思うはず。 そして「この色を何とか皆に伝えたいなあ」と思うのです。そうですねHIRO氏!
一方、アクアリストは飼育魚の色をどこまで引き出せるか?どうすれば“野生の輝き”に近づけるか?など飼育技術、 設備等を駆使して日々取り組まれていることでしょう。水草を入れたり、ブラックウォーターを用意したり、流木を配置したり、 照明を工夫したり、やり方も様々ですね。
さて、生息地で見る体色と水槽飼育下の体色は当然違います。しかし私のこれまでの日本での飼育経験上、飼育下ですごく色を出した時と、 生息地ですごく色を出した個体は“ある法則”を加味すれば、だいたい近しい色を出しています。
個々の種について、この“法則”を説明すれば長くなるので省略しますが、 今回の議題である“チャンノイディスのロカリティ別による表現の違い”について見る場合。
1・生息地の個体は全体的に更に赤黒い。
2・鰓のイリデンセンスは飼育下の方が、より顕著に表現されている。
3・頭部の文様も飼育下の方が、より顕著に表現される(1の様に全体的に赤黒がかる為、それが見辛い)等です。
以上の3点に加えて生息地には飼育個体の様に大きな個体は採集されないので、必然的により小さい個体を指標として用いる事になり、 その違いは見辛いものと言えます。
そこでまたロカリティ別の違いは皆さんの水槽で・・・と話は戻って来るのです。

一方、私としましては、このロカリティ別の表現の違いについて、現在の状況を説明しますと、3リットルの四角ボトル100個を用意し、 ベタ・ラウトで水質の違いによる体色表現の違い、その他の項目も同時に見ています。
ご存知のようにラウトはアルカリ性で導電率の高い水に生息しています。この導電率を上げる土壌成分と水に混入する成分の解析。 そしてその成分の違いによる体色表現の違い、酸化度合いによる体表面の劣化?など現在進行させています。
手法として車で各場所毎の水をタンクで運び交換水(実験水?)にしています。また酸性水(ブラックウォーター)も用意してあり、 交換水だけで常時1トン以上の在庫になっています。この手法でチャンノイディスにもいずれは取り掛かりたいと考えています。 チャンノイディスの場合はアルカリ側の水は、少し用意するだけで良いのですが、酸性側は沢山必要ですね。 しかし私がこちらで見比べている情報も大切だとは思いますが、上記の事柄を考えると、話は、またまた皆さんの水槽で・・・となる訳です。
余談ですが以前“くろかわさん”とのやり取りで、調べれば調べるほど、そのデータを必要とする人が減るのに反比例し、 コストはどんどん膨れ上がると言った事がありましたが、これはその一例ですね。そして泥沼に埋没して行くわけです。

ロカリティ標示の意味について
このHPの書込みでもHIRO氏が以前語られているように。
「必ずしも地域変異が認められるから、とは限らない。その場所で採集したというポイントデータを提供しているに過ぎない。 当初、採集というのは点(ポイント)で行われていきます。当然その産地名がつきます。その後、他地域の調査でも同種が採集され、その産地名がつきます。 その時点では変異があるかどうか判断するには早過ぎます。(外見的、遺伝的、個体差も含め) もしかすると生息地は連続しているかもしれないし、または局地的に分断されているかもしれません。 その点のデータが大量に蓄積された時はじめてその種の全体の流れがわかります。」
私も全くもって同意見です。私はこれまで“この産地だからこの色を出して、こんなふうに違う”と言った事は一度もありません。 ですから飼育者としては言わば統合派?にある訳ですが、上記HIRO氏の書き込みのように幾つかの注意点を理解し、 幾つかのプロセス(後記)を踏んだ後に統合するのが望ましいと考えています(後記)。
合わせてアクアリウム界への提言として、各ロカリティの違いを見い出そうとする努力は大切で、飼育はより奥深いものとなると考えています。 その個体のみを見るのではなく、地図を用意して・・・や、ワイルド個体を入手したならば、出来る限り体色を表現させ、 別ロカリティ個体との指標に用いるなど有効活用して頂きたいのです。そう如何なる場合も有効活用です!

ロカリティ別の系統維持について
まずチャンノイディスに限らず、同じロカリティであれば、同じロカリティ同士繁殖させるのが、筋だと私は思います。 何故ならば例えそれが細分化されたロカリティ情報であったとしても、その中の地域性を見出す可能性を持つからで、 入手した個体をよく見て、そのロカリティの特性を記録に残すなどです。
近しいロカリティであればF1以降は混ぜても構わないと思いますよ。何故ならば繁殖個体は色々な表現をしていますし、 “生息地の特性を見る”と言う観点からは、繁殖個体のそれは余り意味を為さないからです。 ただしこれはロカリティ情報がしっかりしていて、かつ地図上での検索を終えて、近いロカリティと判断された場合の話です。
チャンノイディスでは上記の上・中・下流の分け方で良いと私は思います。もし同ロカリティが無ければ飼育している人から分けてもらう。 それも無ければロカリティにこだわらず繁殖させて楽しむ。繁殖したくても同ロカリティが無くて、 近親交配続きで劣化したり、入手出来たとしても、もう年寄りで“そのまま寿命になりました”は、飼育者として寂しいですものね。

私はこれまで系統維持を提唱してきました。しかしこれは事実上“出来る範囲で”と言う以外、答えが有りません。 何故ならばワイルド個体の定期輸入は無く、欲しい時(繁殖させたい時)に入荷する確率は極めて低い。 もし安値な大量入荷があったとしても、ロカリティ別(例えそのロカリティ名が付いていようとも)では使えない。 そして繁殖個体は様々な表現をしている。これらを考慮すると種の維持を提唱した方が好ましく事実上、近い将来この路線に移行せざるを得ないでしょう。(後記)
96年当初、少数ではありますが系統維持を掲げ導入した頃は、これからは繁殖個体で国内需要をまかない、 後の追加導入で持続出来ると考えていました。しかし少なからず殖えた繁殖個体や種親ラインは、消滅あるいは混線し、 その後の近親交配による劣化、奇形の排出等、幾つかの問題に阻まれ、結局失敗に終わった事を認めます。 経済的にも破たんし借金返済の為、名古屋に居た事はお察しの通りです。
00年度後半のサイアム・ペット社による商業輸入は、私の導入するような数では、維持が極めて難しいと判断した為で、 社長である久保田勝馬氏と相談の上、“私の代わりに”となった次第です。 私は皆さんから見れば、“系統維持を歌うベタの導入者”に見えるかもしれませんが、これはアクアリストに向けての一面であり、 生態調査を主として魚を追いかけ、社会問題として取組んでいます。

系統維持を歌う訳
私の魚暦は年の数−2だそうです。始めた時の記憶はありません。17歳で業界入り、期間雇用のアルバイトとして過ごし、時代は徐々にバブルへと。
私が系統維持を提唱したのは、大量採集、大量入荷、粗末にされて販売店でフラフラ泳ぐ魚達、そして使い捨て、もうゴメンです! これまでの商業中心の視点から脱却し、アクアリスト同士の交流をはかり、趣味界から魚とそれを育む環境を直視する流れに変えたかったのです。 そして学術と趣味と言った一見相反する社会的固定観念を撤廃し、誰でもが証言者になれる環境作り、 そしてそのガラス箱からアクアリストを引きずり出し、目の前の問題に飛び込める人間が一人でも多く出てくるのを願っての事です。

厳しい現実を考慮したチャンノイディス維持の実戦ステップ
同ペアによるF2(ワイルド・ペアの子供の子供)から劣化する報告を受けていますので気をつけて下さい。 人間の見える劣化世代の以前の世代で既に劣化しています。劣化世代の中から、まともに見える個体を抜いて趣味界に出すのは、96・97年の再来を意味します。
止水飼育や足し水飼育は絶対禁止!必ず水流をつけましょう。極端に低いPHでの飼育の必要はありません。 良好な飼育環境で自然に下がる弱酸性PH6.5から6.0位で十分です。自分の技術を過信せず、今一度基本に戻り水作りを。
中流域(インドゥランジャットなど)の個体群は繁殖困難との報告を受けていますので、少々上級者向け。 サマリンダは簡単で、私も以前は沢山増やしました。(死亡率ゼロのパーフェクト繁殖もやりました。自慢です。) 間違ってもアルビとかけない事、幼魚期に間違って入手して、そのまま信じて交雑又は繁殖不可。何処の世界でも、 このような初歩的ミスが命取りになる事が往々にしてあります。初歩的ミスの根絶が持続的結果をもたらし、技術は自ずと生まれ、追随します。 これを読んでる全員がヒーターの電源を入れ忘れましたね・・・では実戦ステップに移ります。

ステップ1・現在確たるロカリティの個体を維持している方は、出きるだけ維持する方向でお願いします。
ステップ2・老成個体及び近親交配にならぬ前に別ロカリティとの統合交配に切り替えて下さい。
ステップ3・種として維持して下さい。

各注意点について、

1について
その個体の特性を見出す努力を、撮影、メモ等(特にセガ水系産)でお願い致します。
同ロカリティ保持者との魚交換は老成個体であれば避ける事。移動に極端に弱くなり、1時間程度で大きなダメージを受け、 受入水槽で死に至る可能性が高くなるからです。
ステップ2に移行する前に、先ずは保持者同士で、この努力をお願い致します。上記の如く繁殖個体にロカリティ性の意味は低いですが、 しかしながら、これを機会に劣化しない範囲で、趣味界での経験値を更に上げては如何でしょうか?ステップ1にはその思いが込められています。

2について
00年の輸入から時が過ぎ、既に当時のワイルドを持つ人は少ないと思います。 また個々の系統も劣化に近い状態に在るのではないでしょうか?断じて劣化系統を世に出してはなりません。
しかし現実問題として劣化に至る以前に、生息地からのまとまった数の入荷は望めないのが現状です。 このままロカリティに固執していては、劣化個体の排出は確実です。現在の維持状況を把握する事も忘れないで下さい。

3について
何時とは言えませんが、次回の入荷が在るまでロカリティ別の系統維持はストップです。 セガ水系産を除いて、2003年統合系統として維持する準備をお願いします。
セガ水系産を今でも維持されている方は、写真撮影等、記録する事に全力を注いで下さい。Y氏に出射から言われたとして、水槽撮影してもらっても結構です。
以上、私からの意見です。

現地の生息数について
これについても度々触れてはいますが、減少していますが、“絶滅に瀕している”とは少しオーバーな表現ですね。 それを踏まえて飼育に望む事は良いと思いますが、以後も生息地は何処かに残されます。
問題はその“何処か?”です。この何処かを、把握していなければなりません。このまま行けばその“何処か?”が把握できなくなるのです。 当然、生態調査はおろか趣味界への導入も出来なくなります。
動物ではあの種この種ありますね。それを追い掛けている人は皆、「何処かに必ず居る!オレが絶対見つけてやる!絶滅なんてウソだ!」とまあ、 何年も捜し続けています。私も他人の事は言えず、バンジャルマシン・エリアのリコリス・フィラメントを何年も、「何処かに・・・」です。
しかし多くのベタの場合、まだ生息地を把握していますので、減少・壊滅・絶滅のシナリオを追う事が出来るのです。 要するに各場所で個体数が年々減少又は確認出来なくなっている訳です。
理由は以前の書き込みのラウトも参考にして頂くとして、広義の意味では、 渇水になり現在水が無い場所にも、水量が戻ればチャンノイディスも戻ってきます。この戻って来る個体数が以前の数を上回る場所もあれば、 下回る場所もあります。しかしこの“回復の回数”が、増している事が問題なのです。そして平均的に下降線を辿り減少となる訳です。
これを調査項目にしたがい説明しますと、生息地の何処もが、多かれ少なかれインパクトを受けています。 そして狭い範囲内で近くの回復母体となるメインの生息場所に依存して連鎖回復している場合が多いのです。
この“回復母体となる生息場所”を見つけ“ポイントM”とします。“連鎖回復”している場所は“ポイントA”とし、A1・A2と番号を振り、 各ポイントの細流環境や挟場所的な周辺環境を見るのです。MかAかの判断はこれを基に行います。そこだけに居る場合はMもAも付けません。 このM場所とて長期渇水には干上がる場合もありますが、回復の際には後方湿地から一番始めに回復が見込まれる場所でもあります。 そしてこのM場所が今後、何らかの重大なインパクトを受けた場合(実際には確実)、周囲の連鎖生息場所Aも打撃を受け、 “地域的壊滅状態”(この時点で地域的絶滅は使用すべきではない)に至る訳です。
「調査は分るけど、狭い範囲と言われても、どの位の範囲か分らないよ、ちゃんと面積で説明してよ!」・・・そうですね。 まずこの“狭い範囲”の前後は、本種を育む環境には程遠く居ません。また目的は調査なので行動範囲内でなくてはなりません。 よって自動的にこの範囲は決まります。広さはGPSを基に調べますが、広い場合でも5km四方以下です。
「おい、それじゃあ、行動範囲外に居たらどうすんだ」・・・居るでしょう。しかし目的は調査なので、調査地での結果が、その居るであろう場所にも適用され、 インパクトの際には自ずと同じ経過を辿るので、これで良いのです。またこのまま行けば、その居るであろう場所にも簡単に到達できるようになるので、 そこに居るならば生息地の把握、調査続行となる訳です。

減少のプロセス
減少の理由として幾他の人為的インパクトを経て、土壌構成で言う表土層(A層)の流出が見られ、リル、ガリと言った各種侵食は何処でも見られます。 実際に熱帯多雨林の表土層の土壌をみると、簡単に流出する事が見て取れます。
これらの流出土壌が細流部に来たすインパクトは極めて大きく、流出土壌が引き起こす問題として、細流部のSS(濁度)が上がる。水質変化。 湿地化や埋没。そこへ近年頻繁に見られる長期に及ぶ渇水、加えて保水力の低下による絶対有効水量の低下等で、細流は消滅の方向に向かいます。 こう言った中で湧水部を好む魚達は減少や地域的絶滅を余儀なくされているわけです。
多くの場所(広範囲と言う意味で)で、表土層と言うには程遠い状態を見る事が出来ます。既に集積層(B層)剥き出しの状態も見る事が出来ます。 一見すると表土層に見える土壌表面でも極薄いか、又は集積層から養脱された砂質であり、ペンペン草が生えていたりします。 また樹木が残されている場所でも表土の流出が認められ、森林更新の展開速度を上回っている事が覗えます。 この層は種子バンクと呼ばれる樹木の種を貯めておく層でもあり、持続的森林の利用とは、この表土層を流出させず行う事を意味します。
雨に打たれて表土が流出して表土層が薄くなると、雨と日照りによる湿乾の繰り返しは集積層から鉄分等を表層に向けて上昇させ、 降雨の際に表土と共に細流部に流れこみます。これが集積層むき出しでは更に顕著で、このような場所では既に生息場所は破壊されています。 また森林内部気候と言うものがあり、狭い意味で用いられる言葉なのですが、森林内部での湿度や温度をコントロールする働きを持っているのですが、 これも正常機能?しているとは言い難い地域が多いのです。
例えて言えば炎天下に木が1本あれば木陰は涼しい、10本あればもっと涼しい、そして森になれば場所として涼しく生き物までいると、 なる訳ですが、そこから木を1本取り払う毎に、開空部分が増えてきます。それは直射日光が入ったり、直接雨が表土を叩く部分も増えた事でもありますね。 そこに水場があった場合、当然水温の上昇や水際の土を叩くと言った現象が起ります。また直射日光そのものが、陰性生物に影響を与えます。 これが広範囲で行われたらどうなるでしょう?答えはベタが教えてくれますね。
湧水部付近に分布中心を持つベタ属の生息場所は総じて水深が浅く、地下水面が高いのが特徴で、その水量の多くを伏流水に依存しており、良好なる環境です。 しかしそこに何らかのインパクトが発生した場合、大きなダメージとなる事が少なくありません。 そして上記のような事柄が複合的に作用して減少に至っています。つまり、とてもデリケートな場所なのです。
これを不安定な生息環境と表現される事がありますが、不安定との表現は、あくまで現代社会の人間からの視点であり、自然の側に立てば、 これまで何十万年の間に起ったインパクトと比較にならない程の大きなインパクトが短時間に起った事に気が付く筈です。
これを細流本人に言わせれば、「オレ達は、定期的な雨と、それを受け入れる土壌と森が必要なんだ。地下水面だって高くなきゃ困る。 泥が入ってくるなんて考えられない。鉄分なんか毒だ」とまあ、自分がどのような場所(流れ易くなった表土層や集積層の存在など考えない) に住んでいるかも知らず、贅沢にもこのご時世に文句ばかり言う存在なのです。
そんなヤツにずっと面倒を見てもらってきたのが何人かのベタやリコリスで、こいつらも、当然わがままになります。 そのくせ、ちょっと叩かれたら「ボクもう死んじゃう」と弱音をはくのが、ベタ組のアルビくん、チャンノくん、パトティくん、ラウトくん、フォーシィくんなどです。 リコリス組の何人かも弱音をはいています。そして「おまえら弱虫やのう」と、横目でみているのが、グラミィ組のスリスポくん、 スネーク組のあいつ、ナマズ組のあいつらです。その後に転校生としてやって来るのがアナバスくんで、番長格のひとりです。
我々は居る場所ばかりを捜し、居た場所だけを見て、増えた減ったと議論する傾向にありますが、答えはそこには在りません。 破戒され水は枯れはて、荒廃した丸ハゲ状態の中にこそ在ります。草原の中を歩くと切株につまずいたりします。 丸ハゲでよく見える地形は、かっての生息地の地形を見るには最適です。
現在破戒が行われている場所では、集積層が剥き出しになるので、細流下の様子も分ります。何故ここには水が無いのか? さあ、イマジネーションを働かせ、荒廃地、裸地に出かけましょう。

後書き
本種を含めてベタ属の生態調査はまだ始まったばかりです。私は始めは、ただベタが好きで、その頃はタイでスマラグディナを追いかけていました。
その後、マレー半島を下るうちに、ベリカが涌き水を主体とした状態の良い細流に好んで生息する事に気が付きました。 そして以前のザイールでのミクロクテノポマ・アンソルギーの記憶とオーバーラップしてきたのです。 そして「もしかするとこの地域の低地帯の湧水部には何がしかのベタが必ず居るのではないか?」と考え始めた頃、更に深みに。 もしこの時、この疑問が沸かなかったらカリマンタンにいる事はなく、今頃たぶんエティオピアのラスタ・コミューンか、カメラ片手に戦場に居たことでしょう。
当時はベタの生態はおろか、記載すら満足ではない状況で、誰も聞く相手もおらず、全て自分の手探りでした。 つまり足で稼ぐ実地検証ですね。そしてカリマンタンの各州を回るうち、その疑問は確証へと変化して行きました。 そして低地帯での環境変化を真っ先に受ける事も分り、調べなければ!となったのです。
つまり私の発言は疑問発生から自作自演したものであり、己の経験として皆さんにお伝えしております。これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2002年11月11日 出射隆成

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