ベタ・ディミディアータ壊滅の謎

僕は1997年以来、ボルネオ島の西カリマンタンへよく出かけている。
西カリマンタンの大河カプアス川はベタの種類が東南アジアの中でも一番多い水系であり、 その支流も多く交通の便の悪さもあって調べ尽くすことは出来ない。
自然環境の悪化も急激に進んでいて、良く採集に出掛けていたいくつかの場所はもう跡形もない。

今までの僕の12年間の西カリマンタンでの採集の中で、ずっと気にかかっていたことがある。
それがベタ・ディミディアータの急激な減少である。みなさんをドキッとさせるこの表題は残念ながら本当の話なのである。
僕が1997年当時、サンガウ地区や上流域のカプアスフル地区で採集した際には、ディミディアータは山ほど採れた。一網振れば3、4匹当たり前に入っているほど、個体数も個体密度も高かったのだ。
その中にディミディアータではないベタが混じっていた。アクアライフ誌1997年9月号の記事の中でも紹介しているが、それが旧ベタsp.”カプアス”=現ベタ・クラタイオスである。
たくさんのディミディアータの中にクラタイオスがほんのわずかに混じっていたのである。

Betta krataiosは2006年にディミディアータグループの新種として記載されたベタである。
ちなみにディミディアータとクラタイオスは小さい個体やメスなどでは見分けずらいように思うが、 頭部に対しての眼球の比率が両種では違い、眼球の比率が高いのがディミディアータである。
また個体を真横から見た際に、眼球の上部が頭部のラインより上にはみ出るのはディミディアータである。
頭部に対する眼球の比率、そして位置、これを見れば取り違えることはない。
また産卵後の卵の受け渡し方も両種では少々違い、ディミディアータのメスは前方に卵を吐き出すが、 クラタイオスのメスは背中を上へ反らせ、上方へ卵を吐き出す。

当時あまり気にしていなかったので定かではないが、2000年ごろからだろうか、 ディミディアータは減少しクラタイオスが台頭してきた。
ディミディアータはさらに減少し続け2005年ごろにはもうほとんど採れなくなっていた。 もちろんこれは一か所での話ではない。
今回も試しにディミディアータの採集を試みたが、採集したクラタイオス50匹ほどに対してディミディアータ3匹であった。以前ディミディアータがしこたま採れた細流である。
完全にディミディアータとクラタイオスの個体数がひっくり返った。クラタイオスばっかりなのである。
ディミディアータはどこへ行ったのか・・・?
このまま消滅してしまうのだろうか・・・?

この話を裏付ける話を、現地でベタを採集している業者からも聞くことができた。現在日本に輸入されるカプアス川のアナバンテッドのほとんどは彼らが採集している。
まれにクラタイオスがディミディアータとして入荷する事があるが、それは彼らの採集品である。
もちろん彼らはディミディアータとクラタイオスの区別がつけられない訳ではない。 ベタもリコリスもラスボラも学名まできっちり分かっている。
僕が彼にこのディミディアータについての話をすると、彼ははっとした表情で激しく同意した。
昔はたくさん採れたディミディアータがやはり今はほとんど採れないという。 現在は500匹のディミディアータのオーダーに対して50匹すらも集まらないという。 やはりそうか・・・・・・一体これは何なんだ!?
オーダーがあるからクラタイオスもディミディアータとするしかなかったのかな。 まあそう考えればそれも許すしかないというもんじゃないか。

彼にそれについて何が原因だと思うか意見を尋ねてみると、「水質の問題ではないか」という。
それは一理ある。つまり西カリマンタンは現在でも森林の伐採は続き、あちこちで鉱物の採掘などを行っている。 水質の悪化や温度変化に敏感なディミディアータが減少し、適応能力の高いクラタイオスが急激に増加したということだろう。
しかしだとすると今後それが改善される見込みはない。
少し前までたくさんいた生物が「あれ?そういえば」と気づいた時には消滅し、他の生物に置き換わっている。絶滅とはたいていそういうものだ。
もしディミディアータのような魅力的な魚がそんな道をたどるなら、それは本当に悲しいことである。

なので他になにか希望を持てる原因を考えてみた。
ひとつは確か2000年ごろにあった大干ばつの影響である。 このときは各地で大きな森林火災が起こった。
細流に生息するベタは乾季でもわずかに残った水たまりでも生き残る。しかしその時の大干ばつはあのカプアス川を歩いて渡れたというほどだったから、細流では生き残るのは難しかったかもしれない。
細流の生態系は一度リセットされたわけである。確かにその頃の細流はベタがあまり採れなかった記憶がある。
その後ベタは徐々に戻り始めたが、繁殖能力の高いクラタイオスが一気に優先しているのが現在の状態。 ディミディアータは後からじわじわ追い上げてくる。まあ希望的観測だけど。

もうひとつは大自然のそれこそ10年20年単位の大きなリズムではないかということ。
12年前の細流ではディミディアータがほとんどを占めていた。ディミディアータが飽和状態だった訳である。それがなんかしらの理由でバランスが崩れ、一気にクラタイオスが攻勢を強めてきた。そして現在クラタイオスは飽和状態にある。
このバランスの崩れというのは、たとえば嗜好する餌となる水生昆虫の周期的増減によって起こりえるかもしれないし、長期的な雄雌の比率の偏りが増幅して起こるかもしれない。
ディミデアータとクラタイオスが交代で周期的に個体数を増減させているという予測だ。

現在のディミディアータの状況の理由を少し考えてみたが、もちろん自然は複雑であるので他に理由があるのかもしれない。おそらくは複合的な理由が重なっているとも思う。
しかしどんな理由だとしても、実際ディミディアータはしばらく採集はなかなか難しいだろうと思う。
運よく入手された方は、その魅力を存分に楽しんでもらいたいものだ。
そして今後いつの日か自然下での個体数が回復し、たくさんのディミディアータが入荷する事を切に望むばかりだ。

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