トゥンバンティティ採集記2006U

カプアス川で採集を終えた僕はポンティアナックへ戻ってきて、テキパキと用事を済ませた。 さっそく明日にはクタパンへ向けて出発できる手はずを整えた。
パンカランブンまで飛行機で行こうかと予定していたが、ちょうど飛行機のスケジュールが合わなかった。 もう日程を考えて逆算していくと一日も無駄には使えない。待っている暇はない。
それにここ一ヶ月以上雨が降っていないという状況も考えると、Betta uberis(旧sp.パンカランブン) の生息地も水が干上がっていることには疑いがない。
まずクタパンへ飛んでそこから→トゥンバンティティ→スカマラ→パンカランブンへと南下していくというルートを選んだ。

ポンティアナック離陸!

クタパンの空港のドアから出ると僕の友人が迎えに来てくれていた。 彼の家はちょっと外れた郊外にあり、平屋建てだが庭も広く、様々な樹木や草花が植えられていて色とりどりの花が咲いていた。 庭の片隅には父親の趣味であるというハトの小屋も立てられていた。
彼は「自分の家へ泊まればいい、そうすればホテル代もかからない」と言うが、 僕はやはり街の中心にあるロスメンに泊ることにした。やっぱ人の家だと何かと気を使うのでイヤなんだよね〜。
それにロスメンに泊ると各地から人がやってくるので、バスはいつ出発だの道はどうなっているだの、 こういうルートがあるよ、とか情報が集めやすいのだ。
それでトゥンバンティティ行きのバスの予約しようと思ったが、集めた情報によるとトゥンバンティティ方面へのバスは今は無くなってしまったらしい。 道路が荒れまくってもうバスが通れるような道ではなくなってしまったのだそうだ。 あの道は前から相当ヒドかったからなあ〜。
それじゃどうすんの?ってことでオジェ(バイクタクシー)の登場である。
オジェはタクシーがあまり無いクタパンの街でタクシー代わりに使うもので、普通バスターミナルや街の大きな交差点とかで客待ちをしている。 バスターミナルから自宅までとか近距離の利用が多いが、交渉次第でどこまででも行ってくれる。
それでさっそく一台のオジェをチャーターした。しかしさすがに料金は高いなあ。 トゥンバンティティまでの道のりは約80kmある。

クタパンの細流の様子。水干上がってます。クリプトの大群生が・・・

僕はロスメンのスタッフに見送られ125ccのバイクに二人乗りをしてクタパンを出発した。 防水仕様ノースフェイスの大きなバックは運転手の前に、そして魚用の発泡2箱はカートに積んで僕が背中に背負うというちょっと無理やりな体勢。
クタパンの街を流れるパワン川にかかる空色の大きな橋を超え、バイクはしばらく快適に海沿いの道を進む。 3,40分ほど走ったところで左折する。さてここからが本番だ。
ほんの少し進んだだけで、その道の凄まじさが分かった。 どうしたらこうなるのかという程の壊れ方で橋は壊れ、車で通るのは不可能なのではないかと思われるほど大きな口を開けている。
この道はまだ舗装されていない。道は大きくまたは小さく波打ち、目を錯覚させる。 その波を超えるごとに振り落とされんばかりに飛び上がった。魚の発泡を積んだカートが僕の肩に食い込んでくる・・・。 驚いた事に、四苦八苦して進む僕のバイクの背後からトラックが追い上げてくる。
「あの橋を渡ってこの悪路を進んできたのか・・・」
悲惨なのはトラックに抜かれた後だった。トラックは雨の全く降っていないダート道の土埃を猛然と巻き上げる。一瞬にして目の前が真っ白だ。
次の瞬間バイクは宙に浮き、直後に激しく落下した。 「クッソー!」バイクがダート道の穴に突き刺さったのだ。

しかし、そんな事では終わらなかった・・・。さらに道は険しさを増していった。
道の両脇の木々は完全に切り開かれていて、切り開かれた跡地は延々と人の背丈ほどの雑草が密生している。どこまで行っても炎天下地獄だ。
そして追い討ちをかけるようにその雑草砂漠が、長引いた乾季だからなのか、 バカなインドネシア人がタバコを投げ捨てたからなのかは分からないが、 猛烈な火柱と煙を上げて燃え上がっているのだからたまらない。
強い火柱は渦を巻きながら上昇気流を起こし、炎が煽られて道にまで飛び出してくる。 その中をバイクは悪路のためスピードを出して通り抜ける事も出来ず、熱風と煙を吸わないよう息を止めて進むが、それでも煙は目に染みて目を開けている事さえ出来なくなった。
炎天下のそんな状況で魚の発泡を肩に担いでる僕も大変だが、その僕を後ろに乗せている運ちゃんもそりゃ大変に違いない。
どんな苦労も苦労だと思わない百戦錬磨の僕だが、「このまま進むのと、引き返すのとではどちらが近いだろう・・・」と本気で考えてしまった。そんな事を思ったのは初めてだ。
「どんなに辛くても死にさえしなければ、あと何時間後にはトゥンバンティティに着くだろう」 そう思うことにして進む事に決めた。今回のこの道は今までのカリマンタン採集の中でワースト1、2を争うだろう。
もう一つのワーストはこれまたクタパンから小さな漁船でカリマタ島へ向かった「海の道」だ。 あれもヒドかったな・・・真夜中に転覆しそうな小船で大荒れの海を渡るのは。
なんとかトゥンバンティティにたどり着いた頃には、服はホコリで真っ白、髪は爆発してバサバサ、涙の粒は乾燥して土埃の粒になった。 バイクを降りたらもうフラフラで、ほとんど瀕死の状態でトゥンバンティティに到着した・・・。

今回のトゥンバンティティでの目的は前に訪れたときに見つけたクリプトの種類を確定する事、 以前に数匹だけ見つけたフォーシィのメイン生息地を確定する事だ。
僕はロスメンの男の子を一人連れて細流を探索に出かけた。
あちらこちらに細流はあるが、やはり雨がずっと降っていないせいか、わずかな水溜まりを残して干上がっている。 しかし川底は水分を含んでいて、強い日差しが当たらない草陰などの川岸に近い場所にクリプトが生えていた。
ボコボコとした丸葉のクリプト群落を良く見ると花があちこちに咲いている。満開だ。 ねじり上がったピンク〜赤紫の花・・・フスカだ!

トゥンバンティティのCryptocoryne fuscaの花

その後いくつかの細流をバイクで回ったが、クリプトはいずれもフスカであった。 こんな水が干上がった状態ではカプアスと同じでベタを探すのはなかなか難しそうだな〜。

僕は以前にフォーシィの個体を見つけた近辺を再度、探索してみる事にした。
民家の裏へ回り、そこから人がギリギリ通れるほどの細い道を奥深くまで進んでみた。 ついに道は無くなり、さらに徒歩で周辺を見て回る。すぐ近くに溝のような川幅50cmほどの細流があった。
しかしこれは掘った溝ではなく自然の細流だ。この小さな細流には冷たく透明な水が流れている。 こりゃ、かなりの確率で怪しいぞ・・・!
何故なら、クリプトコリネが生えていたもう少し広い細流の水はほとんど干上がっていたにも関わらず、この溝のごとき小さな細流には冷たい水が流れている。 それは、この場所からそんなに遠くない場所で水が湧き出ている場所があるっていう事。 こういう場所の水質や水温は非常に安定していて、フォーシィが生息するにはピッタリの場所なのだ。

トゥンバンティティのフォーシィが生息する細流

網を細流にいれてみる。一投目、2投目、3投目・・・キターっ! 黒光りした小さな個体が網の中で飛び跳ねている。こりゃあ、ばっちりフォーシィですね。
さらに上流に向かいながら網を入れていく。水深は浅くだいたい10cmくらい。 水は透明、水底には落ち葉が溜まっていて、その下にフォーシィが隠れている。
おそらくスカマラ⇔マンドールの間ではフォーシィタイプのレコードは無かったと思う。 トゥンバンティティでのフォーシィの発見は、フォーシィが生息するのに適した環境が残っていれば、 西カリマンタン全域にフォーシィがいるという事。
しかしその後、トゥンバンティティの村付近を同じような環境が無いか捜してみたが、 この場所以外には生息地を見つけることは出来なかった。

トゥンバンティティで採集直後のフォーシィ

トゥンバンティティのフォーシィを水槽に入れてじっくり観察してみると、ある一つの特徴が目に付いた。 どの個体も、頭部から口先にかけての傾斜角が他の産地のフォーシィより大きい。落ち込みが大きいのだ。 フォーシィとストローイもこの角度が違うが、ストローイよりもさらに落ち込みが大きいようだ。 全ての個体にこの特徴が見られるので、個体差ではなく地域的な特徴なのだろう。
こういう違いはベリカとシモルムの関係性に似ている。 このような産地の特徴が顕著なものを飼育する際は、他の産地の個体と混ぜたりせず、系統的に飼育した方がよいだろう。

トゥンバンティティで成果を挙げた僕は足取りも軽く、背中に魚の発泡を担ぎ、 二人乗りのオジェで次の目的地スカマラへ向けて旅立った。

[back]