Bangka島採集記2005年V
リコリスの生息場所は何故マンディ場なのか!?

前回のレポートではリコリスの採集地を探す際のポイントをいくつか書いた。 その事についてもう少し詳しく書いていきたいと思う。 ちなみにマンディ場とあるが、マンディとは「水浴び」という意味のインドネシア語である。
リコリスの生息場所は、何故マンディ場と重なっている事が多いのか?という自身の疑問について 新たな切り口で検証してみよう。
それではもう一度おさらい。リコリスの生息地の特徴は・・・

1・水量が豊富なこと
2・緩やかな水の流れがあること
3・水深が1m以上の深い場所があること
4・岸際に水草か抽水植物などが密生していること

これらを順番に説明していこう。
1・水量が豊富なこと
これは川の大きい小さいではない。川幅10〜20mの場所もあれば2、3mの場所もある。
乾季、雨季で水位の変動はあるものの、赤ベタの生息地のように乾季になると水が干上がってしまうという事が無く、水量がある程度安定している。

これは現地の村の人々がマンディ場として使う必須条件である。
インドネシア人は意外?にも結構キレイ好きで、一日二回、または三回くらいマンディする人も多い。
僕が日本では一日に一回しかシャワーを浴びず、たまには浴びない日もあると言うと、ものすご〜くイヤなものを見る目をする。
だから乾季になったら水が干上がってしまう場所などマンディ場として許されるハズがないのだ。

リコリス・アンジュンガンエンシス&オルナティカウダの生息地(西カリマンタン)

2・緩やかな水の流れがあること
足で川底をかき回すと濁りがスーッと流されていく、これくらいがリコリスの生息する川の流速のように思える。 これがどのくらいの流速かと言うと、概ね秒速10〜20cmほどだと思う。
実際にはリコリスが定位しているのは、流速の中心から外れた川岸に近い障害物の中なので、 流速はこれより断然緩くなるはずであるが、生息場所の本流筋にはこのくらいの流れがある。
これに関しては今後さらに調べていきたいと思うが、ベタなどと比べてこの数値がどうなのかという話をしてみると、例えばディデミアータやエニサエの生息している場所の水流はもっと緩く、概ね秒速5〜10cm前後になる。 個体の大きさから考えると、随分と流速の速い場所に生息しているのが分かる。
リコリスが何故このような流速の速い場所に好んで生息しているかは、まだハッキリとした答えは見つからない。
しかし水の流速というのはあらゆる淡水魚類の生息場所、棲み分けを決定する上で重要な要因の一つとなっていると考えられる。

そして水の流速はマンディ場を決定する上でも重要な要因の一つとなっているのである。 何故なら彼らはそこで体を洗い、食器を洗い、洗濯をし、歯も磨くのである。場所によっては洗車もし、ウンコさえも放出するのである。
どんどん流されてくれなければ、キレイ好きなインドネシア人は困り果ててしまう。 これはふざけて書いているわけではなくて、本当にそうなのである。
そしてこの流速があるからこそマンディ場でもリコリスは生きられる。常に新鮮な水が上流より供給されるからだ。さすがに常に洗剤まみれの水ではリコリスは生息できないだろう。

リコリス・ビンタンの生息地(バンカ島)

3・水深が1m以上の深い場所があること
水深のある場所にリコリスは生息している事が多い。川の中に立つと腰〜胸の辺りに水面がくる。
これと比べるとベタなどは非常に浅い場所に生息している。大抵水深5cm〜ひざ丈ほどである。
リコリス・アンジュンガンエンシスとベタ・ルティランスの生息地は目と鼻の先に隣接しているが、 両種が同時に網に入った試しは無い。しかしリコリスとチョコグラ類は一緒に採集される事がよくある。
グーラミィ類(リコリスも含め)はベタのように水底の落ち葉の下に隠れるという習性は無く (あまり落ち葉が積もっているような場所に生息していない)、 水草の中や物陰などの中層に定位する傾向にあるので、ある程度の水深がある場所を好むと考えている。
ベタは種類によって選択する環境は様々だが、リコリスはどの種類も大抵同じような環境に生息している。

マンディとは「水浴び」だが自然の川でマンディをする時は、水上の洗い場の上で石鹸やシャンプーを使って体や頭を洗う。 それを洗い流す時はいちいち川からバケツで水を掬い上げるより、ザブンと川の中へ入った方が早く、実際みんなそうしている。
そんな時、いくら水の流れあっても水深が浅かったらどうしようもない。胸くらいまで浸かる水深が一番使いやすいマンディ場なのだ。

リコリスsp.の生息地(バンカ島)

4・岸際に水草か抽水植物などが密生していること
今までの1〜3の項目についてはリコリスの好む環境と、人間がマンディ場として使うのにちょうど良い条件がたまたま重なった例であるが、この4番目の項目は人間がマンディ場として使ったために、リコリスが生息するのに良い条件を提供した例であると考える。
今回の『リコリスの生息地は何故マンディ場なのか!?』というテーマの重要なポイントだ。

リコリスがたくさん生息している場所には大抵、岸際にウトリクラリアなどの各種水草や抽水植物が密生している。 これはマンディ場を作ったり、川を横切る橋を作るため周辺を切り開いたりした際に、 始めにその場所に入り込んで優先する、日当たりの良い場所を好む植物群である。
これらの植物は網を入れるのが困難なほどに水中で密生し、リコリスに最高の隠れ場所を提供している。 それと同時にリコリスの餌となる微生物が大量に発生しているようで、確かにその場所でのリコリスの生息密度は非常に高くなっている。
その場所から段々と離れ、環境がより原生の自然状態に近づくと個体数は減ってくる傾向にある。
マンディ場周辺の生息密度が一番高いのである。

人間の活動=自然の破壊というイメージの強い熱帯雨林で、これは人間が自然を利用する条件と魚の好む条件が、良い意味で絶妙なバランスで成り立っている例である、と考えられるのではないか。
人間は自分達のために自然を利用するが、決して殺しはしていないのだ。 このような場合、人間にとって良い環境が守られれば、つまり豊富でキレイな水が使えるということが持続的に続くなら、そこに生息するリコリスも守られていくということである。
生物の動きというのはなんとも複雑である。人間のすること全てが生物にとって悪い影響を与えるわけではない。
将来的にこのようなケースは、動植物主体の自然保全を訴えるより、住民の良好な衛生環境や健康に訴える事ができるので、理解されやすいかもしれない。

リコリス・リンケイ&sp.スカマラの生息地(中央カリマンタン)

しかし残念ながら現在の状況は、自然と共に生きている人々の健康さえ脅かすほどの激しい環境悪化の一途を辿っている。 激しい森林の伐採で保水力は落ち、水は濁り水量の低下で水流も弱まる。こうなると衛生面でも問題が出てくるだろう。
そして既に実際そのような問題が出てきていることが報告されている。

バンカ島のリコリス・デイスネリィの生息地:上(2002年)、下(2005年)同場所で撮影

バンカ島内の死の川。こんな川が多数ある。

ここバンカ島では錫の採掘でドロドロに水が濁り、死の川と化している川がたくさんあった。 もうとても生物が住める様な川ではなく・・・そんな中でマンディをしなければならない人々。
インドネシアはまだまだ難しい状況が当分続きそうである・・・。

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