スネークヘッド採集人

僕はこのウンパナン村のある一件の家に寝泊まりさせてもらう事になった。
この家は7人家族。4人の兄弟に末っ子には女の子がいる。 しかし僕がここを訪れた時、上の兄弟二人と父親はサラワクへ出稼ぎに出ていた。 現金収入を得るためだという理由らしい。 意外に思ったが今ではこんな村に住む人達でさえお金無くしては暮らしてはいけないのだ。
僕はこの家に足を踏み入れたとたん何かを感じて部屋を見回した。 「うおっっ!へびっ!!」天井には7,8mはあろうかという大蛇の皮が張りつけにされていた。
頭はちょん切られていて無かったが凄い迫力、こんなのがまだまだこの辺りにはいるらしい。 ボルネオにはニシキヘビが2種類いるらしいがどちらの種類かは僕はわからなかった。 それにしてもすごいな、こんなヘビに巻かれたらあばら骨がパキパキいい音しそうだな。 実際マレーシアとかインドネシアでは大蛇が子供を頭から飲み込もうとしたり、 大人でも巻き付かれて窒息したりってことがごく稀にあるらしい・・・。

見よ!この大蛇!

さてこの大蛇を見事しとめて張りつけの刑にしたのがこの家の三男のヘルミー君、二十歳だ。 彼はハンサムでたくましくワイルドな青年で、 この辺の地理やジャングル、鳥や魚のことも知り尽くしていてターザンのような男だった。
僕は、ベタというこっちの人にとっては煮干にもならないような小さな魚を捜していて、 それがこの増水で全く採れなかった事を彼に話した。そして彼にベタの写真を見せた。
彼はその魚を見るなり「これはイカン・ウンパラッだ」と言った。現地での名前だろうか・・・。 しかし彼が本当にこの魚をわかってそう言ってるのかは自分から聞いといて悪いが半信半疑だった。 というのは今までたくさんの人達にワイルドベタの写真を見せて尋ねてきたが、 みんなアロワナだのプラカットだの言ってあまりわかっていないようだったからだ。 まあプラカットはベタだけど・・・。しかしヘルミーは続けて言った。
「これならたくさん採れるところを知ってる」「ほんと?じゃあ連れてって」
「夜になったらね」「夜?」「そう夜」
まあとにかく夜になればヘルミーがベタの事を本当に知っているのかどうかわかるのだ。

ヘルミーは僕を晩御飯のおかずを釣りに行こうとナマズ釣りに誘った。 竿なんて無しである。糸に針と錘だけつけ餌にラスボラをぶっ刺し放り込むだけだ。 あとは勝手にかかる。僕らは小魚を餌に続々とナマズを釣り上げていった。
このあたりでおかずになりそうなナマズは3種類といったところか。 目がギョロっとした青白いシルバーがかったバグルス科っぽいナマズ、 形は似てるがもっと大きくなる真っ黒なナマズ、それからトランスルーセントの巨大版、 30cm以上になり非常にきれいで虹のように輝き、でも釣り上げるとすぐ弱って死ぬナマズ・・・。

夜になり僕らは採集の準備を始めた。僕の小さなマグライトを見てそんなのはだめだとヘルミーは言うと、車用らしきライトを取り出した。その車用らしきはまさしく車用だった。 そしてその配線を車用のバッテリーに繋ぎ背中にしょった・・・。
ワイルドだー、限りなくワイルドだー・・・。

ウンパナン村の夕暮れ

僕らは真っ暗闇の中ボートを進めた。見えるのはジャングルの木々のシルエットと満点の星空だけ・・・。 あたりは静まり返って物音一つしない。ボートが闇を進む音だけが聞こえる。ときおり静寂を破りサルのほえる声が聞こえる。
これこそまさしくジャングルクルーズ、空気は生暖かいのにピンと張り詰め、ものすごい緊張感である。 「東京なんとかランド」にもこんな様なのがあるが、あんなものは所詮作りもの、そんなこと当たり前だがそう思わずにはいれない。
ヘルミーはジャングルの木々の間を縫ってボートを漕いだ。行く手をツルや枝が阻む。 彼は立ち上がってナタでそれをぶった切って進んで行く。 車用の強力なライトで水面を照らしていると、ときおりヘビが水面を泳いでいるのが見える。
しばらく道無き道を進むと、ボートは浅瀬に乗り上げた。ここがそのポイントだという。 ここは本来なら陸地である場所らしい。僕らはボートを降り強力なライトで浅瀬を照らし「ウンパラッ」を捜し始めた・・・。

ヘルミーはすぐに「ウンパラッ」を採集した。青白く輝く尾びれ・・・それはまさしくベタ・エニサエだった! ヘルミーは本当にわかっていたのだ。そしてなぜ夜なのかもすぐに分かった。
寝てるところに強力なライトを当てられたベタ達は寝ぼけていて全く動く事が出来ない。 それこそメダカをすくうのと同じくらい簡単にベタがすくえるのだ。こりゃあいい。
そして彼の本当の目的もこの時わかった。彼の目的とはスネークヘッドだったのだ。 スネークヘッドはこの辺では1m近くになる大きなのが採れる。市場に持って行けば現金収入が得られるらしい。 また小さいのでもイケスで育てて大きくなってから売る事もあるという。 そのスネークヘッドの大好物がこの「ウンパラッ」だったのだ!
ヘルミーが言うにはベタがたくさんいるところには必ずスネークヘッドもたくさんいるのだという。 だからスネークヘッドを釣る時にはエニサエを餌にするのが一番いいとも言っていた・・・。 う〜ん、なんてこったい。
というわけで1995年に新種記載されたエニサエですが、ヘルミー君はとうの昔からエニサエを スネークヘッドの餌として釣り針にぶっ刺してたっていう話・・・

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