中央カリマンタン採集の旅・2003

今回は初めて西カリマンタンから中央カリマンタンへ陸路で抜けるルートを試みた。
クタパンから相変わらずのおんぼろバスに乗り、まずマニスマタへ向かう。 これまた今にも横転しそうな悪路を進むのだが、たかだか150kmほどの距離を15時間もかけて走りきった。
マニスマタへ着いたのはもう夜遅くだったが、そのままボートでスカマラまで向かえるという。 このルートの場合、陸路といっても途中ボートを使わなくては中央カリマンタンには入れないようだ。 悪路で相当疲れていたが、勢いで行ってしまえという事でスピードボートに乗り込んだ。
ボートは夜の闇を滑るように進んだ。たまにエビを採っている小さなボートがランプを灯して川面に浮かんでいる。 ボートは陸路と違って非常に快適だが、半袖ではちょっと肌寒い。
この川はスンガイ・ジュライ(S.Djelai)。西カリマンタンと中央カリマンタンを分ける川である。 幅はそれほど広くなく10〜20mほど、右に左にかなり蛇行している。一時間ほど走るとスカマラの町の明かりが見えてきた。

採集を続けていると自分のお気に入りの川というのが出てくる。 魚が採れるかどうかはもちろんの事、水がキレイだとか、雰囲気がほのぼのしているとか、お気に入りの理由は色々ある。
今回、リコリスのリンケイを採集したここスカマラの川は、一目見て気に入ってしまった素晴らしく美しい流れであった。

美しいスカマラの川

かつて今までカリマンタン、スマトラと採集をしていて、これほどまでに魚が豊富な場所は見たことがない。 スネークヘッドが水面のヘミランフォドンを追いまわし、クロコダイルフィッシュやセラタネンシスがあちこちで群れになっているのだから、魚の多さは半端じゃあない。
通常ベタはあまり目視は出来ないが、ここでは橋げたの上から眺めているだけであちこちの草陰からベタが姿を現す。
午後になると学校の終わった子供たちが川岸にズラッと並び釣り糸をたれる。 魚籠の中を覗いてみると、皆ごっそりグーラミィやアナバスなどが入っている。

この場所は湿地帯のピートスワンプエリアで、西カリマンタンで言えばアンジュンガンエンシスやオルナティカウダが生息する環境に似ている。
しかしアンジュンガンは水深が深く、非常に濃いブラックウォーターなので水中の様子は全く伺えない。 採集の時も胸まで水に浸かりながら採集しなくてはならず、いきなり足のつかない深みにハマるとかなり焦る。 水の流れも強く木々も鬱蒼としているので、一人で採集しているとかなりの恐怖感がある。
しかしこちらは適度なブラウンウォーターでたくさんの魚たちがうごめく様子が手に取るように分かり、 水底にはクリプトコリネが美しく茂っているのが確認できる。 流れの本流にはラスボラや中型のバルブが群れになって泳ぎ、本流の脇にはだだっ広い湿地エリアが広がっていて開放感がある。

この水草の中にたくさんのリコリスが・・・。

リコリスはこの湿地エリアに繁茂している水草の茂みの中に多数生息していた。 一網掬えば大抵4、5匹は採集できるほど個体の密度は高くなっている。
リコリスはParosphromenus linkeiともう一種、一般的にsp."sukamara"として流通しているリコリスの2種類が採集できた。 この2種類が同じ場所にごちゃ混ぜになって生息している。 割合的にはリンケイ:”スカマラ”が7 : 3の割合で生息し、リンケイの方が圧倒的に多かったが、 これは採集した場所、時期によっても全く異なってくる可能性があるのであまりアテにならないかもしれない。 ちなみにこの地方のリコリスの現地名は「イカン・チュパン」であった。

Parosphromenus linkei

Parosphromenus sp."Sukamara"

リンケイは、背、尻、尾ヒレの地がエンジ色で細かいスポットが多数入り、オスの尾ビレはピンテールになる、体側に一つか二つの黒斑点がある、などの特徴がある。
”スカマラ”の方はリンケイより体格が小型で、色彩的にはデイスネリィタイプのリコリスのように思えるのだが・・・。
この2種を見分けるのは簡単でメスでも、体型、背びれの形と模様、目つき?を見ればまず間違うことはないだろう。

その他にもこの場所はベタ・エディサエやベロンティア、ロンボ、ラスボラ、キャットフィッシュの数々がごっそり採れるまさにアナバン天国、魚天国のような場所なのである。
さすがにここまで大量の魚が生息していると、人間が少しばかり魚を採集した程度では生息数が減少するとは到底思えない。 現にたくさんの子供たちが毎日釣りをし、ごっそり魚を持ち帰ってもまだこれだけ生息しているのである。
それというのもこの本流脇の広い湿地エリアの環境が守られているからこそであり、魚に限らず 微生物、水生昆虫類、エビ類など魚の餌になる生物の生産源になっているのだ。
もしこの湿地エリアを潰してしまえば魚の生息数が激減することは間違いない。 川は本流に水が流れているだけでは意味がないのである。

これほど魚が豊富な場所なのだから、同じ場所にストローイが生息しているのではないかと少し探してみたのだが、ストローイの生息環境とは少し違うようで、この場所では見つけることは出来なかった。 そこでリコリス採集を手伝ってくれた男の子に尋ねてみた。
「体が緑色になるイカン・トゥンパラッって魚を知ってるか?林の中の小さな川で、水の中にいっぱい落ち葉があるんだ。」
「あ、知ってるよ、体が緑色で、目が青いやつだ。で、このぐらいの大きさでしょ。」
「うぉーそうだ、それそれ。この辺にいると思うんだけどね。」
「僕んちの裏にいるよ。」「おっしゃ!アヨ キタ プルギ!!」

少年の自転車で二人乗りをして少年の家へ向かう。 悪路をひっくり返りそうになりながら進み10分ほどで少年の家へ着いた。 少年の家の裏手はまさしくフォーシィタイプの生息地の林そのものだった。・・・そうそうこういう林だよね、やっぱりね。
林の中を進むとすぐに生息地が現れた。川というより水溜りといった方が良いかもしれない。

スカマラのストローイの生息地

水底にはやはり落ち葉が堆積し、ものすごく透明度の高い水であった。憧れのストローイがひらひらと岸際の草陰から顔を出した。 いつもなら真っ先に網を入れるところだが、何を思ったのかまず水質から測り始めた。 PHは・・・な、なんと3.4!全く無色透明の水でPH3.4の強酸性である。
水質測定のあと採集に取り掛かったが、僕の興味はストローイの尾ビレにあった。 ストローイの尾ビレはスペードテールになることが知られている。マンドールのそれとは違うのか?単なる個体差ではないのか?

現地でのオス個体

採集した大き目のオス個体を見てみると・・・尾ビレの下側のラインはマンドールとあまり変わらない、通常のピンテールのラインを描いている。
しかし、上側は違う。外側に広がるようになだらかなカーブを描き、尾ビレ中央の軟条にむかっている。 しかもほとんどのオス個体でそのような特徴が見られる、かなり安定した形質のようである。

ストローイは尾ビレが特徴的だ

他の産地のものでこういった特徴があるというのを今まで聞いたことがないので、やはりフォーシィタイプのベタは 産地ごとの管理が必要であると再認識した。
メスは、尾ビレの薄膜にかなりハッキリした小さなスポットが認められるが、形状的にはオスほど顕著に特徴は表れないようだ。

スカマラは小さいがとてもいい町である。魚が豊富なことももちろんあるが、町の若いヤツらがとても明るくて元気がいい。 旅行者から金を巻き上げようといった気配が全く無く、皆フレンドリーで他の町では味わったことの無い、一種独特の雰囲気がある。
僕はしばらくここに滞在したいほどだったが、時間の余裕もない。後ろ髪を引かれつつも僕はパンカランブンに向かうことにした。

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