今回は初めてのスマトラ入りだ!
初めて行く土地というのはやはり多少の不安もあるし、ワクワクする気持ちも入り混じるもんで、今回はスマトラ北部のメダンからの入国である。
クアラルンプールの冷たい空港からメダン行きの飛行機に乗ると、うたた寝する暇もなく着陸してしまった。
マレーシアから来るとこのインドネシアの空港はなんとも・・・味があるねえ。
ところでメダンはインドネシアの中でも一番といわれるほど治安が悪いそうで、
強奪、暴行など直接的に危害を被る犯罪が多いようだ。そんな不穏な雰囲気は空港内でも感じて取れる。
まず税関で魚用の発泡にイチャモンをつけられ別室へ・・・空港職員に金をふんだくられる。なんとも幸先の悪いスマトラ入りなのだ。
僕はアチェ行きのバスに乗りこんだ。
ただ正直言えばバンダ・アチェまで行くつもりは無い。ちょっと片足突っ込むだけである。
これからスマトラの一番南まで行くのに、400kmも北上したくない。
アチェは危ないところ、それは間違いないだろうが、なにも一歩はいった途端に機関銃ブッ放しちゃこないだろう。
バスは普通に走っているし、バスに乗った他の乗客にもそんなに緊迫した様子はない。
とりあえず僕は東アチェのランサ(Langsa)まで行くことにした。
アチェに入るのに特に検問などは無く、5時間くらい走っただろうか。食事休憩で止まった場所がランサだった。
「なんだ、なんにも無い所だなあ・・・」聞けばここは町外れで、中心地へは小さなバスに乗り換えていくのだそうだ。
しかし目の前に運良くロスメンがあった。名前はピヨピヨ。随分かわいいネーミングだね〜。
一階はレストランになっていて、二階が部屋になっているようだ。
こういうロスメンは採集から帰ってきて疲れてる時、ご飯をすぐ食べられて便利だ。ここに泊まっちゃおう。
宿のおばちゃんにネーミングの意味を聞いてみるとこれはアチェ語で、「カムバック」という意味だと教えてくれた。
宿の人たちはとってもフレンドリー、とても独立紛争している州とは思えなかった。
ランサのロスメン、ピヨピヨ
そもそも彼らは何を求めているのだろうか。民族の独立というのはもちろんのことだろう。
東ティモールは独立した、俺達もやれば出来るだろう、きっとそう思っているだろう。
まあ、東ティモールとインドネシアの関係はアチェの場合とはだいぶ異なってはいるが。
彼らは石油などで得られる利益が、中央政府にほとんど吸い上げれてしまうのに強い不満をもっているようで、我々が貧しいのはインドネシア政府が悪いのだと、そう考えているようだ。
確かにインドネシア政府は腐りきっている。ボルネオの脅威的な森林破壊の原因もそこにある。
彼らはインドネシアから独立しても経済的に十分に国を維持していける自信があるようである。
そして彼らが望んでいるもう一つのことは、純粋なイスラム国家の建設のようだ。
インドネシアは90%以上がモスリムであるが、イスラムは国教ではない。
アチェはインドネシアの中でも最もイスラム色の強い地域なのである。もしイスラム国家になれば全ての法律はイスラムの教えにそって作られる事になる。
まあそれ以外にもきっと色々な事情があるんだろうが、日本人の僕にはいまいちピンとこない。
現にここアチェ州内でも、独立には反対、または興味が無いといった人たちがたくさんいるのだ。
僕はカマルというちょっと小柄な青年に出会った。
彼も独立運動には興味が無い、僕はもっともっと勉強したいんだ、という立派な青年である。
こういう人間はインドネシアではなかなか珍しい。まだ18歳という若さだ。
彼は今は実家のカニの養殖、卸を手伝っている。彼が今回採集を手伝ってくれる事になった。
宿のおばちゃんや宿泊客に、ベタについて聞きまわっていたのだが、これといって有力な情報は得られなかった。
カリマンタンで大体通じるベタの現地名「イカン・トゥンパラッ」がここでは全く通じなかったのだ。
僕はベタの特徴をカマルに伝えてみると・・・
「イカン・ラガじゃないか?ファイティングフィッシュだ」
おおっ!そりゃきっとベタだ!それも気の荒い奴だろう。
ここで考えられる気の荒いベタは・・・イムベリス、ベリカ、もしかするとコッキーナ?
恐らくはバブルネストだろう。ひょっとして未知の魚ルブラの可能性もあるか!?
それじゃ、さっそく出かけますか。
とりあえず目の前の水路から探ってみる事にする。
おっ、メダカの類だね。これは卵胎生じゃなくて卵生メダカだ。
卵生メダカの一種
ゴビーの一種
そしてヘミランフォドン。あまり色見のないヘミランフォドンだ。
そしてゴビーの類。あれ、もしかしてここちょっと汽水じゃない?
「この先にうちのカニの養殖場があるよ」
なんだ、早く言ってよ。
潮の満ち引きの影響を受ける
小さな軽のバスに乗って2kmほど走ると、道路両脇に田園風景が広がっていた。
この辺りにイカン・ラガが生息しているという。田園の中を抜けると、小さな沼地に出た。
ここなんだな〜、よーし採るぞ!カマルと僕は足場の悪い沼地に入り込んだ。
さてイカン・ラガとは何ベタじゃ!?
おっと!ちっこいなあ〜、ちっこいけどこりゃあイムベリスだな?
北スマトラ、アチェ産イムベリスだ!
イムベリスはマレー半島とスマトラ北部メダンからも報告があるから間違いないだろう。
しかし採集できるのは小さい個体ばかりで、成魚サイズが採れない。
きっとマレー半島のものとは微妙にカラーパターンが異なってくるとは思うが、この大きさではそれも解らない。
これは日本に持って帰ってじっくり育てよう。
しばらく夢中で採集していると足がチクチクとしてきた。全然気がつかなかった。
血を吸ってボッテリした薄赤紫色のアイツが何匹も足にくっついていたのだ。ヒー!!
僕はコイツちょっと苦手である。こんな目も脳みそも無さそうな生き物がなぜヒラヒラ泳いで人間に取り付けるのか?
今までカリマンタンでベタを採っていてもコイツに取り付かれたという記憶はほとんどなかったが・・・。
イムベリスの生息地
その夜、カマルと妹のヴィヴィがロスメンに遊びにきた。この妹はちょっと訳ありのようであった。
彼女は中国人のようで本当の妹ではないらしい。どうりでカマルとは顔が全く違ったのだ。
僕はここでカマルからちょっと怖い話を聞いたのだが、この辺がインドネシアの危ないところだ。
ヴィヴィの両親は2週間前に彼女の目の前で銃殺されたという。なぜそんな事が起きたのか?
「テロリストだ、彼らは中国人がキライなんだ」
カマルは言った。ここでいうテロリストとは、独立運動をしている武装グループの事なのだろうか。
彼らが独立を目指す目的、民族の自立、そしてイスラム国家建設には中国人は非常に邪魔な存在なのだろうか。
中国人のほとんどはキリスト教なのである。そして経済も一手に握ってしまう華僑たちはインドネシアでかなり嫌われている。
それにしても殺してしまう事はないと思うんだけど・・・アチェ外追放とか。
まあ外人の僕には解らないもっと深い溝がきっとあったのかもしれない。
それとも真の犯人は武装グループが殺ったと見せかけたインドネシア軍の可能性も・・・。
ヴィヴィはそのショックからなのか、目は泳ぎがちでちょっと挙動がおかしい。無理もない。
さっき採集している時には機関銃を持った少年に出会った。僕は撮影させてくれと頼んだが、少年は絶対にダメだと拒んだ。
ブッ放されても困るのであまりしつこくはしなかったが・・・。
しかしビン・ラディンのTシャツやステッカーでさえ出回ってるのに、
アチェ州内のインドネシア人からもテロリストと呼ばれてしまうなんて、まだまだアチェ解放軍の前途多難さを感じたのだ。
それにしてもルブラって一体なんなんだろう・・・?
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