Parosphromenus sp. "Nanga Tayap"

トゥンバンティティで採集を終わらせた僕は、そのさらに南にあるマラウ(Marau)という村に行く事にした。 ここの村はクンダワンガン(Kendawangan)川の流域にある。
ここには宿は無いのだが、ツテをたどっていって泊まらせるくれる人を探した。 カリマンタンの人には金にがめつい人もいるが、全くの好意で宿泊場所を提供してくれる人も少なくない。 こういう場合、お礼の気持ちとして少しのお金を渡すのがこちらの常識だ。
そしてこの村のように宿が無い場合、クパラ・デサという村の長に挨拶をしにいくのが決まりになっている。 小さい村だから警察官も存在しない。なにか問題があったときは村の掟にのっとり、村長が解決する。

このマラウではセラタネンシスとフォーシィタイプのベタが主な収穫だったのだが、気になることがあった。
マラウでの採集は歩いていける範囲、また本流からカヌーを使っても採集をした。 クンダワンガン川の本流にまでクリプトが生え、細流に入れば水草天国とでもいえそうな川ばかりだ。 しかし、しかしだ。魚の生息密度が異様に少ないし、なんかおかしいのだ。 僕の相棒もなぜベタがいないのか不思議がっていた。それをカヌーを出してもらったおじいちゃんに聞いてみたのだ。
するとなんと、この辺りではしばしば小川に毒を流して小魚を取る習慣があるというのだ! 毒とはいっても人間には害が無い、植物から取った毒なのだ。いないはずだ・・・がっかりである。 今はこのような漁法はインドネシアでも禁止されているが、こんな小さな村では法律などあまり効力が無い。
細流に毒を流したところで、採れる魚は小魚ばかり。大して効率の良くないこんな漁法をすれば、ベタやリコリスは大打撃を受けるのは明白だ。 ラスボラやバルブは毒を流しても一時的にはいなくなるが、すぐにまた本流から入りこんでくるだろう。 しかしリコリスなどまた再びこの細流に戻ってきて生息することは難しく、いずれ消滅してしまうといっていいだろう。

熱帯魚を取り巻く環境問題とは、森林伐採などの自然破壊だけではなく、住人の悪気の無い、無意識(無知)のうちの破壊も含まれている。 まあでもこのような漁法をしているのは年配の人が多く、すでに一般的ではなくなってきているので、 今後このような問題が拡大する事は無いと思うが・・・ 無意識にのうちにというのは厄介なもんで、これは自分にも十分に当てはまることだ。

おじいちゃんのカヌーで楽しいお出かけ

話はそれてしまうが、ここカリマンタンでさえも高校生、大学生を中心にインターネットの波は押し寄せている。 ポンティアナックのインターネットカフェは10件は下らないし、現在も急増中である。 僕の日本のパソコンにもカリマンタンからバンバンEメールが来るし、世界の情報格差はなくなりつつあるのが実感できる。
カリマンタンでインターネット世代の人達と話をすると、明らかに今までのカリマンタンの人々とは考え方も変わりつつあるのが分かる。 クタパンの宿では突然高校生が、日本のことを聞かせてくださいとインタビューしに来た。しかも流暢な英語でこちらがタジタジ。 僕が魚を採集しに来たと知ると、お土産にデカイ金魚、しかも2匹もくれてまたタジタジである・・・。
しかしこのような若い世代が世界の流れを知り、いかに自分の国が貴重な財産を持っていて、 今までそれを無駄にしてきたかきっと知る事になると思う。彼らは外国からの情報で自分の国を知ることになるのだ。
もちろん無駄にしてきたその責任は日本のような先進国側にも大いにある。 インターネットという道具が、どうかいい方向に働いてくれればいいな・・・と思う今日この頃なのだ。

さてマラウで意気消沈した僕は元気を取り戻すべく、ナンガタヤップ(Nanga tayap)へ向かった。 水系はパワン(Pawan)水系の支流だ。ここの下流域にクタパンがある。
トゥンバンティティまでバスで戻り、そこからバイクをチャーターしタヤップへ向かう。この間はとてもバスが通れるような道ではない。 さて4年ぶりのタヤップはさほど変わってはいなかったが、以前泊まった宿(といえるのか?)は郵便局になっていた。 しかし聞けば、郵便局だけれども泊まることもできるのだそうだ・・・? しかしその日はすでにいっぱいということで、出来たばかりのまだ名前もついていない村外れのロスメンに泊まることにした。

次の日さっそく採集に向かった。場所はよ〜く覚えている。北へ歩いて一時間ほどの場所だ。 その道中にスターフルーツが生えてて、のどが乾いてたもんだから3、4つ食べたら大変下痢に見舞われることになったのだ。
ここ何日かは完全に雨季モードで、夕方から必ず激しい雨が降っていた。 しかしやはり昼間は暑くボーッとしながら採集場所まで歩いていた。

おっ、あったあった。クリアウォーターの美しい川である。 うわー!すごいクリプト!以前は記憶になかったなあー。 花を探したのだがあいにく時期ではなかったんだろうか?一つも見当たらなかった。

美しいタヤップの小川

さっそく川へ入り上流にどんどん進むと、なんか下のほうが妙にガヤガヤしている。なんだー? かまわず進むが、ガヤガヤはどんどん近づいてきた。ヤバイか?
「何をしてる!」突然のその声にかなりビビッた。数人の男が近づいてきたのだ。
「い、いや魚採ってんだけど・・・イカン・トゥンパラ・・・」
情けないが、かなり引け腰である。下のほうに洗濯場があったので気にはしていたのだが・・・。すると男達は、
「おーイカン・トゥンパラ・・・ここにはいっぱいいるぞ!」
するとたくさんの子供達もわらわらと出てきた。あ、そういえば前も子供達に採集を手伝ってもらったなあ。 さあもう大変である。こっちにもいるぞ!あっちにもいるぞ!大騒ぎだ。

これはメス、19997年採集個体

そして僕は村のオバサン連中の心をつかむ事にも成功した。
なんとこの場所でセラタネンシスが採れたのだ。 その瞬間僕は叫んだ。「あっー!!イカン・ビジラブだ!!」 その一言で集まった村人の大爆笑の渦を巻き起こしたのだ。
「ビジラブ」とはセラタネンシスを指すこのあたりの現地語で、「かぼちゃの種」という意味らしく、マラウではじめて知った。 セラタネンシスを指すとはいっても、かなりビミョーで、「名前は・・・うーんよくわかんないけど、ビジラブ」という程度のものだ。
しかし僕はなるほど、なるほど・・・色、形、大きさを見ればなかなかいいネーミングじゃないの、と気に入って使っていたのだ。 しかし現地の村人から見れば日本人が知ろうはずもないそんなネーミングを、さも大発見でもしたかのように大声で叫んだのが、よっぽどおかしかったんだろう。
でも僕にとってはここでセラタを採集したのはホントに大きな発見である。 4年前に採集したときは全く採集できなかった。こんな上の水系までセラタがきてるのか!? とするとチョコグラはどこまでなんだ? この事で、ボルネオのスファエリクティスの中心は、セラタネンシス種だということが分かった。 オスフロメノイデスの方が少数派で西カリマンタンの北部とサラワクだけということだ。

タヤップのリコリスを標本に・・・コテラット博士に送られた

予定通りリコリスも採集することが出来た。 美しいとは記憶にあったが、改めて採集してみればそれ以上に素晴らしいリコリスであった。 背ビレ、尻ビレ、尾びれのエッジは紺色。内はエンジ色。最大の特徴は尾びれの黒い基部にスポットが点在することだ。 このリコリスは是非、早く学名をつけてもらいたいと思うのは僕だけではないだろう。
やはりやや流れのある脇のクリプトコリネの下を住みかにしていた。これはアクアリストにしてみれば以外かもしれないが、僕はリコリスを止水で採集したことは一度もない。いずれもかなり流れのある川である。 このことについてはまた別に詳しく書きたいと思っています。
ここナンガタヤップにはプグナックスのようなベタも生息しているのだが、このテの同定は困難ですね。

プグタイプ?

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