僕が初めてsp.サンガウを採集する事に成功したのは98年の9月だった。
全くの偶然の話から偶然にその地を訪れ、ラッキーな事にこの魚を探し出す事が出来た。
それまで探さなかったわけじゃない、探したが見つけられなかったのだ。
なにしろ僕が得られるこの魚の情報は、アクアログの写りの悪いたった一枚の写真のみだった。
そして西カリマンタンのサンガウで採集したであろうと思われるsp.Sanggauという名前がつけられている。
それだけだ・・・。まだ学術的に記載されてるわけじゃないのだ。
それでも山中をさんざん歩きまわりこの魚を発見した時、
そのsp.”Sanggau”という記述はサンガウで採集したというより、サンガウ地方で採集したという意味なのではと思ったのだ。
そしてそう簡単に見つからない理由も分かった。
生息地が非常に狭く、起伏のある山間を流れる細流の水源近くに限られていたからだった。
左側の岸側にストリオラータが・・・
カプアス川は大きく4つのエリアに分けられる。
上流部より、カプアスフル、シンタン、サンガウ、ポンティアナックの4つのエリアだ。
サンガウ地方は支流のスカヤム水系やスカダウ水系を含みかなり広いエリアに及ぶ。
そしてこのsp.”Sanggau”はそのサンガウエリアのスカヤム水系、つまり北部の山中に極地的に生息している。
と思っていた・・・ついこの間までは。
ところが、(Aug/00)の採集で意外な所で見つけてしまったのだ。
僕は今まで採集調査をした事の無いシンタンエリア、特にカプアス最大の支流ムラウィ川が気になっていた。
ムラウィ川はシンタンの町からカプアス川と南側へ分かれ、その源流は中央カリマンタンとの境になっている山脈である。
奥地にはまだ原生林が残されていて、ときどき原生木を積んだ船が川を下っていく。
以前ムラウィ川沿いにある村、ナンガ・ピノへ行った事はあるんだけれども、
時間があまりなく、しかも中学生につかまってしまい授業に出させられたり、
お散歩へ連れて行かれたりと採集どころではなくなってしまった。
そこで今回こそはということでもう一度ナンガ・ピノへ訪れた。
このムラウィ川は非常に不便で、上流へ向かうには水上路しかない。
しかし今回も時間があまりない。5日間が限度だ。
そこでナンガ・ピノからムラウィ川と分かれるピノ川水系をバイクで探る事にした。
ナンガ・ピノからさらに南へ向かいながら、細流を探っていった。
だんだんと山林地帯の入ってきた。このままずっと行けば中央カリマンタンとの境の山脈地帯がある。
その山林地帯へ入ったあたり、僕は一本の川に目をつけた。ナンガ・ピノの村から15kmほど南だ。
そこでこの魚を見つけたのだ。!
ん〜?これは小さいがsp.”サンガウ”じゃないのか!?
今までこのエリアからこのベタは確認されていない。これはこのようなベタの分布を知る上では大きな収穫だと思う。
やはり環境はサンガウ地方の生息環境と似ていた。生息地は細流の始まり、つまり源流部にやはり限られていた。
その生息エリアは源流部から30mほどと非常に狭いのだ。
しかもそれはあいまいなものではなくホントに突然、ここから上が生息地と断定できるようなはっきりとしたものなのだ。
このベタの棲む源流部とはどうなっているのか・・・。
Nanga pinohの生息地
下流側から上がってくると、そこまで1m程だった川幅(ここまではクロコダイルやラスボラがいる)が分散し、低木の合間のあちらこちらから少しづつ水が流れ出てくる。
水深は無いに等しく、もうここまでくると川とは言えないし、
低木のブッシュに阻まれこれ以上は進めない。そんなところにこのベタは棲んでいるのだ。
ちなみに水質はPH5.7、GH・KH0〜1、導電率10us、水温26.6℃、となっている。
しかし数ある細流の中でこんな局地的な生息地を見つけたのは偶然とはいえ自分でも驚いてしまう。
今までの経験の中で、どのようなベタがどのような環境を好み、
そこに一緒に生息している魚種は何だったか、というのが脳と体に組み込まれてきているんだろう。
さてサンガウ地方に生息しているとされるベタがここで見つかった事によって、
sp.”サンガウ”の生息範囲というものをもう一度はじめから考え直さなきゃいけない。
サンガウの生息地からここまで直線距離でも150km、ここまで離れてはもう局地的に棲むベタとは言えなくなってしまう。
北はサラワクとの国境近くから南は中央カリマンタンとの州境に近い山脈まで、ということになる。
当然の事ながら、この150kmの中間域にも生息しているという推測が妥当だと思う。
ただしこのベタが生息するような環境条件が合えば、だ。
しかし疑問は残る。このベタは前に書いた通り、源流域というある種閉鎖された環境に棲んでいる。
そんなベタはそう簡単には生息地を広げることは出来ないだろう。
なぜサンガウから遠く離れたここで見つかったのか・・・。
僕の勝手なアテにならない考えは・・・、
まずは広域的に棲んでいた元になるベタが徐々に上流へと移動していって、ついに各支流の源流部までたどりついた。
そしてその源流域を生息地として選び、体型や性質を変化(特殊化)させていった。
だからsp"サンガウ"とこのナンガ・ピノのベタは同じ種類だと考えてもいいだろうと思う。
同じような環境があればカプアス水系には生息地が点々としているのではないか、というのが僕の考えだ。
元になったベタは何だろうか?これは広域的に生息していてある程度、環境に適応できる種類でなくちゃあいけないな。
sp.”マンドール”やタエニアータなどは既にある条件に特殊化していて、とてもこのベタの元になるとは考えにくい。
カプアス水系で広域的に生息しているベタといえば・・・
それは、プグナックスか、アカレンシスのタイプだろう。sp"サンガウ"は・・・アカレンシスのタイプなのではないか?
とまあ僕の推理はその辺までにしておこうっと。
あとやはり特殊な環境に生息しているからか、このベタは水質の変動?環境の変化?輸送?にとてつもなくモロい。
(恐らくそれらの複合だと思うが)はっきり言って日本まで持ち帰るのは困難の極みだ。
一度水槽に入れてしまえばけっこう丈夫なのだが、ビニールの袋程度の水では1日持たないのだ。
ヘタをしたら採集の帰り道で、死んでしまいそうな勢いであった。
結局は持ち帰りは失敗・・・しかしデータと標本は残っている。
うーん・・・今度こそは!
ところでこれを書いてる最中、気になる話を帰国した出射氏から聞いた。
この話を聞いて僕は思った。今ここに書いた僕の考えをまた一度白紙に戻さなきゃならないかもしれん・・・。
出射氏も僕がこんな所でこのベタを発見した事に驚いていた。
西カリマンタンのカプアス水系と中央カリマンタン、山脈によって分けられてはいるが、
まだまだ分からない秘密がたくさんありそうである。
このことに関してはまだ当分結論は出そうもないし、訳がわからなくなるのでここでは止めておく事にします。
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